青森では月収10万円切ってる人たちも多いです。母が学校で事務をしていたので、授業料払えない生徒の親が多かったのを知っています。年収100万円くらいでも田舎では家や土地、人間関係でなんとか生活できます。だから、福島でも避難自体、お金のある人たちならまだしも、そうでないと難しい。
エリック・クラプトン「ステージに立った時、自分が一番上手いと思え。ステージを降りたら自分が一番下手だと思え」
堀江さんは、収監の直前に僕にいろいろな話をした。
ロケットのこと、ネットの未来のこと、そして刑務所を出たら何を
したいか、ということも聞いた。
たとえば、堀江さんは10年後に宇宙観光船を完成させると言っていた。
僕はそれに必ず乗ると約束した。
僕は、もうお気楽系の女性はモテナイと思う。かつて、お嫁さん候補として有力だった、家事手伝い、バブルの頃にはもてはやされた“合コンしたい女性”として持てはやされた、チャライ系の職業は、男からは人気がないね。今、基準は全部逆になっている。もしも、未婚の女性が結婚したくて花嫁修業として、お料理や習いごとをやっているならば、方向性は完全に間違っていると思う。僕は、そういう女性を見ると、あなたのバリューは何ですか?と聞きたくなる。可愛いだけじゃ、何のバリューにもならない。コストにしかならない
「オフレコだから、本音で話すけど」ということで聞いた話なんですけど、県、あるいは市とかの、そこで働いている人たちのお給料が決まっていて、その人たちの生涯の設計があるわけですよ。
それはビタ文削りたくないという思いがあって…。
ところが人口流出していくと、税収が減っていってしまう。
おのずと市財政、あるいは市町村、県も含めてですけれど、その財政の中で人件費の割合が大きくなっていって、とてもではないが財政破綻してしまう。
で、クビを切るか、給与を下げるか、しなければいけなくなる。
それが、いやなんです。
つまり、お役人の給料のために、村民なり、市町村民なり、県民なりが、ここにとどまっていて一定程度の年貢を払えと、そのために人口流出はさせないんだと。
いままでは、仕事と家庭の両立を人生の課題にしていましたが、嗣文も合論もすくすくと成長しており、また私自身が生きるペースもかなり掴めるようになって、家内、家族の協力も踏まえて山本家全体が日本と世界とでどう活動し、いかに活躍するべきなのかという発想に一歩踏み込めるようになりました。家族があること、家族と共にあることは、自立の足枷ではなく、可能性そのものであることに、ようやく気がつきました。
ニコニコ経済圏”“ニコニコ動画を通じて生計を立てることができるように”って昔のNIFTY-Serve運営がいっていたことと変わらないんだよな・・・・・
人気フォーラムのフォーラムマネジャーに脱サラして専業化するよう奨めていた構図まで一緒で、結果どうなったのかは歴史が示す通り
「気に入らないものには中二病のレッテルを貼ってしまえ」
「気に入らないものにはミサワのレッテルを貼ってしまえ」
「気に入らないものにはステマのレッテルを貼ってしまえ」 ←New!!
受験戦争が社会問題になりゆとり教育へと変わり、また親御への配慮から運動会ですら競わなくなったと言われるのに友達の数を競ったり気にしたりするの、社会的に見て大失敗
才能や努力に欠けていても十分に食える人間がいてはじめてまともな産業と言える。
ライブドアはアウトだけどオリンパスはセーフなようにコンニャクバタケはアウトだけどモチはセーフ的な陰謀の匂い!
東京の大学生が年を越しすぎた蕎麦をすすっている頃
ソウルの受験生は入試に向けた最後の追い込みをしている。
クアラルンプールの少年が昨日の爆竹を片付けている頃
ニューデリーの少女は寝ぼけ眼でベッドから這い出してきている。
アテネのおばさんが新年最初のオリーブオイルを取り出した頃
パリのおじさんは5本目の新年のワインを空けている。
サンパウロで大騒ぎのパーティーを家族で開いている頃
ロサンゼルスでは街中が集まってカウントダウンの真っ最中だ。
こうやって新年がはじまっていく。
あなたにとっても、良い一年でありますように。
たとえばマックシェイクのストローの太さが、吸引時の口のまわりの筋感覚が乳児がおっぱいを吸っている時のそれと同じ体感になるように設計されている…という話をどこかで読んだことがあるのだが、これはよく考えられ、よく出来ているデザインの一例なのか。それとも人間に対する一種の冒涜なのか。