studygiftの根本的な問題はこれだ。企画した当事者はこれがインターネットによる新しい形のサービスだ、と思っていた、あるいはそれで通ると思っていた。しかし、実際には学生を援助するための既存の社会的システムでもなく、個人対個人の関係を作るものでもない、何か微妙なものができてしまった。 そして、そこで起こったのは、さすらいのガンマンが治安を守ろうとしたら正規の官憲に殺人者として告発されたようなものである。インターネット世界の範囲は固陋な開拓者の認識をすでにはるかに超えているようだ。
比嘉は野性的な子なんです。
やべっちFCで質問を読んで答えるというコーナーがあったんですが、
あのときほど僕は緊張したことはありません。
というのは、比嘉は漢字が読めないんですよ(笑)。
質問を読めるのか心配で、実はテレ朝に電話しまして、
そしたら全部ひらがなで書いてありますと聞いてほっとしたんですけど。
皆さんには笑われるかもしれなけど、二桁の引き算ができないんです。
それくらい論理的なことはダメです。
○やまもといちろうさんに、健全な批判精神を見た
特に、第一報である「家入一真さんの例の件で願うことなど」は、やまもとさんの普段の切り口らしからぬ慎重な書き口であったように感じました。 この記事の指摘にあるように、本来のように支援を目的としたサイトとしてサービスを継続するにしても、指摘しなくてはいけなかったのは、スキームの健全さであっただろうと感じています。同じ業界の人間が冷静な見解をリリースできる環境こそが、自浄作用が働く環境こそが無用な規制を防ぎ、業界内外とコミットして成長できる環境を作り出していく、可能性を見ました。平易な言葉でいれば、「IT業界ってこういう時にちゃんと発言できる業界人がいて、いいね」、と。
昔の家入氏はバカを装いつつもコアな部分でネット好きというのがよく伝わってきたからこそバカからもギークからも愛されていたと思う。そういう空気にきちんとリーチしたものが、ペパボ以降の彼からはまるで感じられなくなってしまった。
そのアナーキーなエゴを徹底して最後はブタ箱まで行ってるんだからホリエモンはロック
■岡田有花女史。元アイティメディアの名物女性記者で、前職のロケットスタートを2月に退職。現在は充電中。著書に『ネットで人生、変わりましたか?』
好きなことを言い続ける、という言葉の意味を私は履き違えていたようなので、Twitterのスタイルはちょっと修正中。酔っ払って突き抜けた時の挙動が永遠の課題。
だが、中には、どうしても看過できない、日本的良識や倫理・道徳、公共心などの問題を指摘する、いわゆる『コミュニタリアン』、しかもかなりレベルの高い『コミュタリアン』からの正当なお叱りも少なくない。このような声を無視したり、攻撃してしまうと、『ソーシャル・リバタリアン』達が正当性を得ることは相当に難しい。折角ソーシャルメディアで得た評価もすべて『悪評』に転じてしまいかねない。
私なりに彼らの言い分を代弁させていただくとすれば、『旧世代の道徳やモラル等になんら捕われることなく、ソーシャルメディア等を通じて思うがままに活動したい。新しいビジネスを立ち上げたり、新しい働き方をどんどん試していきたい。試行錯誤で世を騒がすこともあるかもしれないが、干渉しないでほおっておいて欲しい。』 というところだろうか。確かに、長く停滞から抜け出る事が出来ない日本では、旧来のモデル、制度、人脈に頼ることなく、自活していこうというバイタリティーのある人自体が希少なので、多少の混乱や逸脱は大目に見て、一本立ちできるように見守ってやろうではないか、という意見も少なくないし、私自身多分にそういう気分がある。
織の中の個人がいくら正論をはいても、組織での権力がなければ何も変わらない。まして、組織の外に出て何かを変えることなどありえない、という、当時の強烈なリアリズムに圧倒されたものだ。ナイーブな学生の論理は企業では通用しない、というわけだ。
坂口さんももともとLivertyのメンバーであり、開発にあたっては坂口さんも文面作成などで協力している。
しかし、それならなぜ今回のような「落ち度」を招いてしまったのか。 ひとつはやはり「坂口綾優さんという“個人”を救いたい」がそもそもの出発点だったことだろう。studygiftの理想はもちろん「授業料が払えない学生を救う」ことだが、立ち上げの経緯を聞くかぎり、その出発点が「坂口さん個人の支援」であったことは間違いない。そこに「授業料が払えない学生の支援」という理想とのズレがあった。
で、どうなったかといえばもちろん大炎上。Web界隈のみならず、最初にリンクした記事のように2chの格好のウォッチ対象になり、まとめWikiまで作られるレベルになった。「なぜ炎上するのかわからない。寄付したい人だけ寄付すればいい」という意見はいくつもあったが、そもそも“人間自体を公開コンテンツとして不特定多数相手に使う”というサービスの時点でそれは不可能だったろう。